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落葉(らくよう)

いつも稽古している神社で落葉の音をきいていた。
はらはらと落ちる木の葉は、はかない、と感じる。
ところが、踊っている時のように軽い変性意識にはいってみると、
まるで印象が違う。
力強く、怖いほどだ。
海鳴りのような、ごうぅぅぅ という音に聞こえる。
現象としての落葉ではなく、背後の大きな力の働きを感じてぞっとする。
ぞっとするけど満ち足りている。

寄せては返す海の波の動きを見ていて、
それがたまたまの動きであるとか、たいしたもんじゃないとか、思う人はいない。
波の動きは見ればみるほど怖い、圧倒的なものだ。
偶然の動きではなく「必然」が支配していると感じる。
そこにあるのは宇宙原理のような地球の呼吸のような、
美しくも恐ろしい韻律だ。

それと同じように落葉にも必然という支配を感じる。
「空の鳥1羽、地に落ちるのにも神の摂理がある」というシェイクスピアの言葉を思い出す。
(正確な文言は忘れたが)
落葉は正確に寸分の狂いもなく、ある原理に従って、唸りをあげて一斉に落ちていった。
ざあああああ ごおおおお という海鳴りのように。

その必然の網の目に自分がいると思った。
そのように踊りたいと思った。

源氏物語で、風の中の葉擦れの音をきいては涙するような貴族が出て来るけど、
違和感あるなぁ
なんか弱々しい。涙するとかそういう問題かと思う。
先のシェイクスピアの言葉に較べると深みがないと感じてしまう。
「リア王」がきいた嵐の音はどんなだったのかと思う。
彼は宇宙の生成の恐怖に踊らされたのではないかと。




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Author: 最上 和子
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