スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

土地の霊 時代の霊

今はじめて触れる問題ではなく、繰り返し語ってきたことだけど。

踊り( と言うより舞かな)とは、土地の霊が立ち上がる姿なんだなと思う。
こんな当たり前のことが顧みられなくなっているわけだけど。

身体は土地の上に立っているわけだから、土地とは臍の緒でつながれている。
それは胎内で母親と臍の緒でつながっている時間よりずっと長く、
死ぬまでつながっているわけだ。
それなのに現代人は自分ひとりで、抽象的に立っていると思っている。
あるいは舞台という限定された場所の内部でのみ、身体を成り立たせている。

舞踊に関して今まで色んな事をあれこれと考えて来たけど、
今は単純な地平にたどり着いた。
舞をするとは土地の霊になること、時代の霊になることだと。
私たちはひとつの時代に運命として居合わせている。
たまたま居合わせた土地(場所)と時代に。
だから。

  ここがロードス島だ。ここで踊れ。

私にあるのは、もはや目的地すら判然としなくなった、
ただ歩き続けるこの体だけ。
すでに亡霊となった体があるだけだ。
行為の答えはないし、社会性への具体的方法もなく。
歩くことそれ自体があるだけか。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
プロフィール

Author: 最上 和子
[著作者紹介]

 








[管理画面]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。