スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

身体をゼロに差し戻す

先日3月29日は通常稽古だった。
いつもは4人くらいで稽古しているのに、この日はどういうわけか参加者が9人。
見学1名と私をいれて11名にもなり、
ただでさえ狭い稽古場がひしめき合い汗の臭いがムンムンとなった。
初々しい20代の青年、武術家、妙齢の美しい女性ダンサーなど、その身体はまちまちだ。
なんというか・・・ 私には眼福と言っていい楽しい見ものだった。

バレエでいえばバーレッスンに相当する基本の稽古として毎回、床稽古をする。
この稽古は床に寝そべって脱力することから始まる一連の動作だ。
(詳しく知りたい人は稽古に来てくださいね)
これをやっていると身体が思うように動かせなくなる、という面白いことが起こる。
ただ床にころがっているだけの身体が面白く、私はこれをやるのも見るのも大好き。

この日、ある剣術の達人が稽古に参加していた。
彼は床稽古をしていて「動けなくなった」
寝返りが打てない、立ち上がることが出来ない。
立ち上がろうと渾身の力をふり絞るがすぐに崩れ落ちてしまう。
その時の体はすでに人間であることをやめていて、不気味さすら漂っていた。
やっと立ち上がったときは怪物か謎の生命体のようだった。
身体は人体であることをやめてひとつのフィールドになっていた。
見ていた人達の目は釘付けになっていたことだろう。

私自身、床稽古をしていてそんなに深い体験をしたことがなく、
見ていて羨ましく感じるとともに、床稽古の意味をあらためて考えることになった。
この稽古法は試行錯誤の末にたどりついたものだけど、
自分でもその意味合いについて把握しきれていなかったみたい。
(武術をしている人が私の稽古に来るのはなぜなのか、と思う。
武術は歴史があり身体運用に関しては、舞踏よりもはるかに蓄積があるし厳密なのだから)

・・・床稽古は「身体をゼロに差し戻す」ものだと思った。
人間の日常生活ひいては全人生は「脳が身体に命令をくだす」ことでなりたっている。
でも眠っている時、病気で体が思うように動かせない時、
愛するものの死などの、大きな危機的状況にあって思考や身体の動きが止まってしまう時、
などは身体が脳の指令を離れて「投げ出されている」
床稽古はどうもこの状態に似ている。
脳の命令系統が退き、身体が前面に出てくる。
身体がひたすら身体であろうとする領域。
外部世界が消えて内部があらわれてくる。
このとき身体の内部は「無限」に対して開かれてしまう。

身体を機能から引き離しゼロに差し戻す方法は昔からあるにはある。
瞑想とかある種のボディワークとか。
それと床稽古はどこが違うのか。たしかに違うのだ。

たぶんそれは、
身体が前面に出ていながら「動く」という制約が設けられていることだ。
10分たったら立て、とか、寝返りを打て、とか、歩け とか。
この最低限の制約が大切だ。
身体が前面に出ているなかで、最低限の脳の使い方をする。
人間の側からの能動的な働きかけである。
このわずかな能動性が決定的であると今回は思った。
身体と脳がせめぎ合う。絡み合う。
重力に絡みとられた身体といかに人として睦み合っていくか。
(しかもその能動性があくまでもマテリアルであることが重要だ)
この働きかけによって、身体内部に何か隙間のようなズレのようなものが生まれて、
身体の自然状態と人間の能動性との絡み合いのなかに、
たんなる自然でもない、自然に対する人間による制圧でもない、
ある新たな身体の地平が現れる。
(身体というインターフェイス)
それが私には恍惚なのだ。そのわずかなズレのなかに射す光が。
ここに「踊る」という行為の基本があるように思う。

武術の達人て脱力と無心に長けているのだろう。
力みやエゴがあると技は効かないものだから。
だから彼が床に身を委ねたとたんに、
一気に身体がゼロへと雪崩れおちていったものだと思われる。
そしてゼロになった身体は技のために使われるのでなく、
身体であることだけに専念していた。
そのとき身体の内部で一斉に目覚めるものがあるのだろう、おそらく。

そしてこの目覚めたものは、ただそこにあるだけでは内実は明らかにならず、
何がしかの人間の側からのアクションが必要なのだ。
それが創造行為がこの世に存在することの意味なのだろう。
そうして人類は文化をつくってきた。
いま文化の意味を問い直し、疲弊した文化にあたらしい命を吹き込むために、
こうして私達は身体と向かい合い始めたところなのだ。きっと。


追記: この日の稽古について、稽古後の「現代詩と音声の研究会」について、
   もっと書くべきことがあるけど、長くなるので別の機会にきちんと。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

非常に興味深いですね。
自分が常に思考の支配下に身体を置くタイプなので尚更そう思います。

脳について

一読者様

頭でっかちは一読者様だけでなく私でもそうです。ほぼ人間の全員がそうかも。脳と身体の関係って新しい科学的発見があると塗り替えられるわけですが、そういうものを無視はしないでふりまわされない、という立場をとりたいけど難しいですね。
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
プロフィール

Author: 最上 和子
[著作者紹介]

 








[管理画面]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。