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いよいよ箱根

明日はいよいよ箱根巡礼。
23日のお天気に不安はあるけど、決行することにしました。
箱根のお山の神様よろしくお願いいたします。

物語や神話を書物や舞台や映画で見るだけでなく、
現実に自分たちが生きることは出来ないものか、と思い続けてきた。
そんなことは途方もないことで、
物語や叙事詩ってのはフィクションの世界にしかないんだよ、
と言う声に囲まれながら、自分の夢みる性癖を呪った。

物語・叙事詩はその発生において、決して絵空事ではなかっただろう。
それは部族の死活問題であり、
人は物語をつくることでみずからを世界の中に定位してきた。
そうでなければ人は無形という虚無に飲み込まれてしまうからだ。

同じように私はいつも危機を生きていた。
物語や神話をみずから生きるのでなければ、
いくらカウンセリングを受けても、アイデンティティなんかありゃしない。

そんなこんなでいつの間にか老人になっていた。
見果てぬ夢で一生終わるのも悪くない、
これはこれで私の人生。
そうも思っていた。

内的な旅は人の目に見えない。
表現者でありながら、舞台もやらないで、闇の中を歩き続けて、
私は社会から消えた。

今この巡礼の旅。
もしかしたら何ものでもないかもしれないが、
少しの悔いも曇りもなく、しかも同伴者も得て、

     
    歩き続ける


いにしえの人々の足跡をたどることは、
原初を求める人間の、昔からある営為だ。
神話の人物になぞらえて、人はみずからを神話の中に投じた。
それは演劇の発祥であり、儀礼の本質である。

なぜなら私達は、過去の人物とも未来の人物とも区別はないからだ。
こうして私たちは集合的な生命体となる。
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聖地巡礼-ヲシテ篇第二回 箱根冬至巡礼 参加のご案内

聖地巡礼(ヲシテ篇第二回目)

聖地巡礼(ヲシテ篇第二回目)_01


第二回は箱根へとおもむきます !
箱根が聖地としてどのような場所なのか、このフライヤーをお読みください。

日時 : 12月23日(祝日) 9:00〜18:00
移動手段:車 2 台
参加者数:最大16名
参加費用:6,000円(レンタカー代・交通費代)

巡礼の全体は12月22日9:00〜23日18:00 の両日(ホテルに一泊)の行程ですが、
ここで参加の公募をするのは23日一日のみの行程です。
(12/22は最上和子の聖地における奉納のソロ舞踏となります)
ヲシテに興味ある人もない人も、
古代の霊が息づく土地を巡り、しずかに舞い踊る、
そんなふうに思っていただければと思います。
すでにかなりの人数の参加が決まっていますが、あと数名の参加を公募します。

☆ 概要
2015年の冬至は天文学的には12月22日(6:49 118.4 11:42:08 31.4 16:36 241.6)ですが、この日は平日であるため12月23日(祝日)(6:49 118.4 11:42:38 31.4 16:36 241.6)
に行います。

古代、冬至祭は今も北欧のYuleに代表される祝祭のように、冬至の日から10日間あまり続けて行われました。
それは、この数日間の太陽が目視する限り同じ場所から昇り、同じ場所へ沈むように見えるからです。
この冬至の期間に古代の息吹を感じる地を巡礼し、太陽の死と復活を祝い舞い踊りましょう。

箱根修験禊場の飛龍の滝、神山山麓に広がる仙石原、箱根神社を経て、駒ケ岳山頂の箱根元宮で日の入を迎えます。

当日は冬の寒さでもあり、積雪も予想されますので、臨機応変にムリなく行程を決めたいと思います。
ピクニックに毛のはえた程度の山登りはあります。都会の平地とは違いますことをご了承ください。

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☆ 先日1泊2日で箱根に下見に行って来た。
箱根というありふれた観光地も、巡礼の旅ともなると全く違った様相となる。
ヲシテ研究家の斯波さんの話を聞きながら、原初太陽信仰の軌跡を追う、
いつもながら神話の世界に足を踏み入れた心地だった。
とにかくすべてが楽しい。
ただ歩くこと、昼食のおそばを食べ、ソフトクリームを舐め、写真を撮り、
あれこれとおしゃべりしながら、少しづつ夢の中に入っていく。
日の入り、日の出の絶景を、こんなに新鮮な思いで仰いだことはなかった。
夕日をうかべる雲海のすごさに言葉を失った。
ヲシテでは雲は大地の息を意味するそうだけど、
まさしく地球が生きていると感じた瞬間だった。
古代の人にとって、太陽は世界観の基本であったことが、わずかながら実感できる。
普段の日常とは違う、太陽との出会い、たおやかな富士、
風や木立や滝の音、鳥の声、おおきな石ころ、神社、朽葉に埋もれた階段。
そのすべてが聖性を帯びて、あらたに目の前に立ち現れる。

☆ ブログをお読みの皆さん、応募をお待ちしています。
23日冬至の日に、原初太陽信仰の軌跡をたどりながら、共に舞い踊りましょう。

申し込みはこちらにお願いします。
woshite.linguistics@gmail.com

聖地巡礼の記録動画を紹介します。

10月18日におこなわれた聖地巡礼-ヲシテ篇第一回-鹿島香取神宮、
の記録動画をいくつか紹介します。
ほとんど編集作業はしないで、そのままの状態です。
これを見て、どんなことをしているのか少しでも伝わればなー、と思ってます。

◯香取神宮 要石への参道にて



一体何をしているのか?  てな感じでしょうか(笑)
簡単に言うと、軽い瞑想状態で動いているところ。
自分の内面に降りていきながら、外の空気を全身で受け止め、
その内面の反応を動きにしていくわけです。
まるでゾンビのようにも見えますが、それはある意味で当然なので、
意識が半ば「あちら側」に行っているので、半分死んでいるようなものなのですね^^;

これを私は「都市生活者の盆踊り」と呼んでいます。
ここでは踊ることにおけるプロとアマの区別はありません。
要は「あちら側」を感じて動いてみればいいわけです。

面白いのは、振り付けをしたわけでもなく、各自がバラパラに動いているのに、
途中から全員がシンクロ状態に入っていること。
これは振り付けや舞台効果のためのものではないので、
その空気感が独特で、ひとつの「場」が生まれています。
言葉を変えれば「異界」が出来ています。
こういうことは舞踏においてはよく起こるんです。

◯桝原稲荷神社 母韻発声



これは林の中の、ちょっとした広場のようなところで、
全員が輪になって母韻の発声をしているところ。
共鳴してすごい音がでています。
鳥が集まってきて、共に歌い出したのには驚きました。
ボリフォニー音楽というものがありますが、
あのように整合されていないためか、とても力強い。
まるで大地そのものが歌っているよう。
人間の二本足の身体が、大地と天をつなぐアースになっている。

私はこれを聴いて鳥肌が立った。
これこそが古代の祭礼の始まりのようにさえ感じる。
母韻、それは大地の情念だと感じました。
大地の情念が人間の身体を貫いている。

◯津の大鳥居 遠景



巡礼の最後の場面。水辺の大鳥居がある土手でのウオーキングダンス。
夕日を浴びて、ただゆっくり歩くだけ。
まるで夢の中にいるような不思議な時間。
鳥居と鉄塔、という時代を象徴する組み合わせ。
歩く私たちのシルエットが哀愁を帯びて懐かしく、
私にはこのシルエットが古代人に見えてなりません。
巡礼の最後にふさわしいフィナーレ、
それはほんとうに私たちのドリームタイムでした。

以上のほかにも動画がありますので、興味ある方はごらんください。

 → 東一ノ鳥居

 → 香取神宮 護国神社

 → 津の大鳥居 近景
 
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Author: 最上 和子
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